「どうせ死ぬから、好きにして」



「どうせ死ぬから、好きにして」
==================================
深い絶望の淵に沈む二人の青年、木坂と虫原。二人とも二十歳を過ぎ、人生の重荷に耐えかねていた。SNSの片隅で、同じような苦しみを抱える者たちが集まる秘密のグループ。そこで出会った彼らは、互いの孤独を共有し、やがて「一緒に終わりを迎えよう」と約束を交わした。木坂は厳しい家庭環境と挫折続きの就職活動に、虫原は幼少期のトラウマと孤独な日々に、心を砕かれていた。互いのプロフィール写真から、ぼんやりとした輪郭しか見えなかったが、言葉の端々に感じる共感が、唯一の救いだった。
約束の日、青木ヶ原樹海の奥深くへ足を踏み入れた。夏の終わり、木々が密集する森は、昼間でも薄暗く、足元に落ち葉が厚く積もり、静寂が耳を圧する。携帯の電波はとうに途絶え、周囲に人の気配は一切ない。持参した水筒の水を分け合い、最後の会話を交わした。「もう、何も後悔はないよな」と木坂が呟く。虫原は静かに頷き、二人で座り込んだ。空を見上げれば、木々の隙間から青空が覗くが、それは遠い世界のもののように感じられた。死を待つだけの時間。風が葉ずれの音を運ぶ中、二人はただ、静かに目を閉じた。
しかし、沈黙を破ったのは木坂の声だった。「待てよ……一つだけ、未練があるんだ。俺、女の人と一度も……その、経験したことないんだよ。童貞のまま死ぬなんて、情けないよな」唐突な告白に、虫原は目を見開いた。二十二歳の彼女は、木坂より少し年上で、SNSでは男装したプロフィールを使っていたが、実際は穏やかな女性だった。長い黒髪をポニーテールにまとめ、Tシャツとジーンズ姿の彼女は、森の緑に溶け込むように控えめだ。「どうせ、もう終わりなんだから……いいよ。私でよければ、手伝ってあげる」そう言って、虫原はそっと木坂の手を取った。彼女の瞳には、諦めと優しさが混じっていた。
木々の影に身を寄せ、二人は初めての親密な時間を過ごした。虫原の柔らかな手が木坂の肩に触れ、互いの息遣いが重なる。木坂の緊張した体が、徐々に解けていく。彼女の温もりが、冷え切った心に染み渡るようだった。森の静けさが、二人の世界を優しく包み込んだ。やがて、木坂は穏やかな達成感に包まれ、涙を浮かべた。「ありがとう……これで、満足だよ」しかし、その直後、胸に去来したのは予想外の感情だった。虫原の頰に触れ、彼女の瞳を見つめる。そこに映るのは、ただの諦めではなく、かすかな光。「待ってくれ。俺……死にたくない。君も、死なせたくないんだ!」
一瞬の沈黙。虫原の目にも、驚きの色が浮かぶ。「どうして? 私たち、決めたはずだよ……」木坂は首を振り、強く彼女を抱き寄せた。「この温かさを知ってしまったら、終われない。君の人生、まだ終わらせたくない。俺が、君をこの絶望から引き戻すよ。生きる喜びを、教えてあげる」彼の決意は固く、虫原の心を揺さぶった。彼女は戸惑いながらも、頷いた。「じゃあ……試してみようか。でも、失敗したら、本当に終わりだよ」
こうして、樹海の奥で、命を賭けた戦いが始まった。『生きる』か『死ぬ』か。二人は互いの体を重ね、再び親密な行為に没頭した。木坂は、ただの快楽ではなく、虫原の心を溶かすように、優しく、情熱的に彼女を導いた。彼女の過去の傷を、言葉で癒し、未来の可能性を囁く。「君の笑顔が見たい。明日を一緒に歩きたいんだ」虫原の体は次第に反応し、息が乱れ、頰が紅潮していく。森の風が二人の汗を冷ます中、彼女の瞳に生まれたのは、微かな希望の輝き。木坂の動きは激しさを増し、まるで死の影を払う儀式のように、頂点へと導いた。
やがて、虫原は声を上げ、木坂の背中に爪を立てた。「あ……これ、生きてるって感じ……!」絶頂の余韻に、彼女は初めて本物の涙を流した。木坂もまた、彼女を抱きしめながら囁く。「そうだよ。これが、生きるってことだ」二人は息を切らし、互いに見つめ合った。死の誘惑は、まだ心の隅に残っていたが、今は違う。快楽の波が、絶望を洗い流し、新たな絆を生んだ。
樹海の出口へ向かう道中、二人は手を繋いだ。木坂が言う。「SNSのグループ、抜けよう。二人で、カウンセリングに行こうぜ」虫原は微笑み、頷いた。「うん……君となら、怖くないよ」木漏れ日が二人の影を長く伸ばす中、彼らはゆっくりと歩き出した。命を賭けた一夜は、死ではなく、生の始まりを告げていた。

