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▶【新刊】「オハラミサマ 三鼎」花森バンビ

「オハラミサマ 三鼎」

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「オハラミサマ 三鼎」

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コウヤは、村の外れにひっそりと佇む地下牢に閉じ込められていた。冷たく湿った石壁に囲まれたその場所は、陽光が届かず、時が止まったかのような重苦しい空気が漂っていた。コウヤは18歳を過ぎたばかりの若者だったが、なぜ自分がここにいるのか、その理由は曖昧なままだった。村の掟を破ったとも、外部の者との接触を疑われたとも囁かれていたが、誰も明確な答えをくれなかった。彼に許されていたのは、鉄格子の向こうから村長やカズヤが時折訪れ、村の近況を語るわずかな時間だけだった。

村長の話はいつも同じだった。ヒナとホノカ、かつてコウヤと親しかった二人の女性の暮らしぶりについてだ。彼女たちは村の中心で、賑やかな日々を送っているらしい。だが、村長の口調にはどこか含みがあり、カズヤの言葉には冷ややかな響きがあった。「ヒナは市場でよく笑ってるよ」「ホノカは新しい仕事を始めたんだ」と、彼らは事細かに語るが、その言葉にはコウヤの心をざわつかせる何かがあった。彼女たちの生活が「ただれている」と表現されるたび、コウヤの胸には得体の知れない不安が広がった。どんな暮らしなのか、どんな変化があったのか、具体的なことは何も教えられず、ただ想像だけが膨らんでいった。

コウヤの日々は単調で、虚無に支配されていた。地下牢の薄暗い部屋には、粗末な寝台と水差しがあるだけ。食事は日に一度、硬いパンと薄いスープが運ばれてくる。鉄格子の隙間から差し込む微かな光を頼りに、彼は壁に刻まれた無数の傷跡を眺めながら時間を潰した。かつての自分を思い出すこともあった。村の広場でヒナやホノカと笑い合った日々、森の小川で水をかけてはしゃいだ記憶。それらは遠い夢のように霞んでいた。

心身の疲労が極まるある日、コウヤはいつものように寝台に横たわり、ぼんやりと天井を見つめていた。体は重く、心は澱んでいた。どれほどの時が過ぎたのかもわからなかったが、突然、鉄格子の向こうに人影が現れた。暗闇に慣れたコウヤの目が、その姿を捉えた瞬間、彼の心臓は激しく鼓動を打った。それはホノカだった。しかし、彼女の姿はコウヤの記憶にあるホノカとはまるで別人のようだった。

ホノカは、かつての明るい笑顔を失い、どこか儚げな雰囲気をまとっていた。長い髪は乱れ、服は擦り切れて薄汚れていた。彼女の目は虚ろで、かつての輝きは見る影もなかった。「ホノカ……どうして?」コウヤは思わず声を上げたが、言葉は途中で途切れた。彼女はゆっくりと鉄格子に近づき、震える手でそれを握った。その手は細く、骨ばっていて、まるで長い旅路を彷徨ってきたかのようだった。

「コウヤ……」ホノカの声は弱々しく、まるで風に消えそうなほどだった。「村は、変わったの。ヒナも、私も……」彼女の言葉は途切れがちで、何かを伝えようとしているのに、それを口にするのが怖いかのようだった。コウヤは鉄格子に駆け寄り、彼女の手を握ろうとしたが、冷たい鉄がそれを阻んだ。「何があったんだ? 話してくれ!」彼の声には焦りと不安が混じっていた。

ホノカは一瞬、目を伏せた。彼女の唇が震え、何かを言おうとしたが、言葉にならず、ただ静かなすすり泣きが漏れた。その姿に、コウヤの心は締め付けられるような痛みを覚えた。かつてのホノカは、どんな困難にも立ち向かう強さを持っていた。村の祭りで皆を引っ張り、笑顔で場を盛り上げていた彼女が、なぜこんな姿に変わってしまったのか。

ホノカが再び口を開いたとき、彼女の声はわずかに力を取り戻していた。「コウヤ、村はもう……前のようには戻らない。あなたがここにいる理由、知ってる?」彼女の問いに、コウヤは首を振った。彼には何もわからない。ただ、ホノカの変わり果てた姿が、村の何かが決定的に壊れていることを物語っていた。