「おじさんで埋める穴 2つめ」



「おじさんで埋める穴 2つめ」
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おじさんで埋める穴 二つめ
楓は二十二歳の春、大学の図書館でアルバイトをしながら、ひとり暮らしの小さなアパートに帰る日々を送っていた。街の喧騒から少し離れた、古い木造の建物。窓辺には小さな観葉植物が並び、夕暮れになると柔らかなオレンジ色の光が差し込む。そんな穏やかな日常の裏側で、彼女は誰にも言えない秘密を抱えていた。
楓は以前から、年の離れた男性に心を惹かれる傾向があった。学生時代から、年上の講師や近所のおじさんたちに、どこか安心感と刺激を同時に感じていた。それは、ただの憧れではなく、もっと深い部分で満たされる感覚だった。数週間前、街のカフェで偶然出会った初老の男性――通称「おじさん」と呼ぶようになったその人――との出会いが、すべてを変えた。
そのおじさんは、穏やかな笑顔と落ち着いた物腰で、楓の心をすぐに掴んだ。初めは軽い会話から始まったが、気づけば二人で過ごす時間が自然と増えていった。そして、ある夜、互いの想いが重なり、親密な関係へと進展した。あの夜の温もり、優しい手つき、静かな吐息――すべてが楓の心に深く刻まれた。それ以来、彼女は次々と年上の男性たちと出会い、同じような関係を繰り返すようになっていた。
一人目は、近所の書店を営む五十代の男性。古い本の匂いがする店内で、文学の話をしているうちに、店を閉めた後の薄暗いバックヤードで、静かに体を重ねた。二度目は、アルバイト先の常連客である四十代後半のサラリーマン。仕事の愚痴を聞いているうちに、近くの公園のベンチで、夕闇に紛れて触れ合った。三度目は、オンラインのコミュニティで知り合った六十歳近い元教師。穏やかな声で人生の教訓を語る彼の部屋で、ゆったりとした時間を過ごした。
それぞれの男性は、楓に異なる温かさを与えてくれた。書店の男性は、知識の深さと優しい指先で彼女を導き、サラリーマンは日常の疲れを忘れさせるような力強い抱擁を、元教師は長い人生の経験から来る包容力で包み込んでくれた。楓は、そんな関係の中で、自分の中の「穴」が少しずつ埋まっていくのを感じていた。家族の愛情はあったが、どこか物足りない。友達との会話は楽しいが、深い部分で触れ合えない。そんな空白を、年上の男性たちが埋めてくれるのだ。
しかし、それは楓だけの秘密だった。親友の美咲にさえ、絶対に言えなかった。美咲は明るく正直な性格で、恋愛の話になるとすぐに本音をぶつけてくる。「楓最近、なんか輝いてるよね。新しい彼氏できた?」と聞かれても、楓は曖昧に笑ってごまかすだけ。家族にも、もちろん言えない。母親は過保護で、父親は厳格。実家に帰省した時、夕食の席で「最近どう?」と聞かれても、「アルバイトが忙しいだけ」と答えるのが精一杯だった。この秘密は、楓の心の奥底にしまわれた宝物であり、同時に重い鎖でもあった。
「後ろめたいことばっかりしてちゃダメだ……」
ある朝、鏡の前でメイクをしながら、楓は自分に言い聞かせた。二十二歳という年齢で、こんな生活を続けていていいのか。いつか本当の恋愛をしたい。普通の、年の近い人と、手をつないで街を歩くような。年上の男性たちとの関係は、確かに心地よい。でも、それは一時的なもの。心のどこかで、罪悪感が芽生え始めていた。もう辞めよう。今日こそ、最後にしよう。
そう決意した矢先、スマートフォンが震えた。画面を見ると、知らない番号からのメッセージ。いや、知っている。いつも関係を持つおじさん――最初に出会った、あのカフェの男性からだった。メッセージはシンプルだった。
「今夜、空いてる? いつもの場所で待ってるよ。」
楓の指が止まった。いつもの場所とは、街外れの小さなホテル。そこは、二人が初めて深く結ばれた場所だ。メッセージの向こうに、あの穏やかな笑顔が浮かぶ。優しい声、温かな手。心臓の鼓動が速くなった。辞めようと思ったのに、体が熱くなる。秘密の穴が、また疼き始める。
楓はスマホを握りしめ、窓辺の観葉植物を見つめた。外は晴れていたが、心の中は曇り空。返事をするか、しないか。迷いはあったが、結局、指が自然と動いた。「うん、行けるよ。」と打って、送信。
その夜、楓はいつものように身支度を整えた。軽いメイク、シンプルなワンピース。鏡に映る自分は、いつもより少し大人びて見えた。ホテルに向かう道中、街の灯りがぼんやりと流れていく。心の中で、何度も自分を戒めた。でも、足は止まらない。おじさんとの時間は、いつも特別だった。他の男性たちとは違う、深い繋がり。言葉少なに、ただ互いの存在を感じ合う。それが、楓の穴を埋める、二つめの鍵だった。
ホテルに着くと、おじさんはロビーで待っていた。五十代半ばの彼は、変わらず穏やかな表情。白髪交じりの髪、優しい目元。「来てくれて嬉しいよ」と、静かに手を差し出す。楓はそれを握り、部屋へと向かった。
部屋に入ると、柔らかな照明が灯る。ベッドサイドには、いつものように温かいお茶が用意されていた。おじさんは、楓の肩を抱き、ゆっくりと座らせた。「最近、忙しかった?」と尋ねる声は、いつも通り優しい。楓は頷きながら、胸の内を少しだけ明かした。「なんか、いろいろ考えてて……」と。
おじさんは黙って聞き、そっと背中を撫でてくれた。その手つきは、経験豊富で、楓の緊張を溶かしていく。やがて、二人は自然と寄り添った。服が一枚ずつ脱がされ、肌が触れ合う。温もり、息遣い、静かな動き。すべてが、楓の心と体を満たした。おじさんは、決して急がない。楓のペースに合わせ、優しく導く。彼女は、そんな彼に身を委ね、秘密の喜びを味わった。
夜が更け、二人は並んで横になった。おじさんは、楓の髪を優しく梳きながら、「君は、もっと幸せになれるよ」と囁いた。楓は目を閉じ、その言葉を胸に刻んだ。でも、心の穴は、まだ埋まりきらない。二つめのおじさんとの関係は、確かに深い。でも、次があるのか、それともこれで終わりか。
翌朝、楓は一人でアパートに戻った。鏡の前で、また自分を見つめる。「後ろめたいことばっかり……」と呟く。でも、スマホには新しいメッセージが届いていた。また、別の年上の男性から。楓の秘密は、続きそうだった。穴は、埋めても埋めても、底なしのようだ。
それでも、楓は歩き出す。二十二歳の春は、まだ始まったばかり。秘密を抱えながら、彼女は自分の道を探す。年上の温かさが、彼女を支え、時に惑わせる。いつか、本当の充足を見つける日まで。この関係は、楓の人生の一部。後ろめたいけれど、かけがえのないもの。

