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『シスター・サラとまだらちゃん』二次結び

『シスター・サラとまだらちゃん』

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シスター・サラとまだらちゃん

小さな田舎町の外れ、古い石造りの修道院があった。そこに住むサラは二十五歳で、孤児院で育った過去を持つ修道女だった。幼い頃に両親を失い、修道院に引き取られて以来、ずっとここが家だった。黒い修道服に白いヴェール、穏やかな笑顔が印象的で、近所の子供たちからは「サラお姉さん」と呼ばれて慕われていた。

ある雨の夜のことだ。サラはいつものように礼拝堂の掃除を終えて、裏庭の温室に向かった。温室はもう何年も使われていない建物で、ガラスは割れ、蔦が絡まり、誰も近づかない場所だった。でもサラは、昔からそこが好きだった。雨音が屋根を打つ音が心地よくて、ひとりで本を読んだり、祈ったりするのにちょうど良かった。

その夜も、懐中電灯を手に温室の扉を開けた。埃っぽい空気と湿った土の匂い。奥の方に置いてあった古い木のベンチに腰を下ろして、持ってきた聖書を開こうとしたとき、ふと違和感を覚えた。

床に、ぬめぬめした跡があった。

最初はカタツムリか何かだと思った。でも、跡は太く、まるで何かが這ったあとなのだと気づく。サラは懐中電灯を向けた。光の先、温室の隅の暗がりに、何かが蠢いている。

「……え?」

息を呑んだ。

そこにいたのは、見たこともない生き物だった。体長は一メートルちょっと。全体が淡い紫色で、まだら模様の柔らかそうな体。触手が何本も生えていて、ゆっくりと波打っている。頭らしき部分には大きな瞳が二つ、濡れたように光っていた。まるで子犬みたいな、ちょっと情けない表情だった。

生き物はサラを見つめると、びくっと震えて、温室の隅に縮こまった。

「怖がらないで……私、傷つけないから」

サラは思わず声をかけていた。自分でも驚くほど自然に、優しく。

生き物は少しだけ顔を上げた。触手の先が、恐る恐る床を這い、サラの方に伸びてくる。でも、すぐにぴたっと止まった。まるで「近づいちゃダメ?」と聞いているみたいだった。

サラは微笑んで、ゆっくりと手を差し出した。

「大丈夫よ。おいで」

その瞬間、触手がそっとサラの指に巻きついた。冷たくて、でも不思議と優しい感触だった。生き物は少しずつ近づいてきて、結局サラの膝の上に乗っかってきた。重さは意外と軽くて、ぬるっとした体が修道服にぴったりとくっついた。

「……あなた、名前ないの?」

生き物は首(らしきもの)を傾げた。

サラはふと笑って、ぽんとその頭を撫でた。

「じゃあ、まだらちゃんって呼ぼうかな。体、まだら模様だから」

それが、二人の出会いだった。

それからというもの、サラは毎晩温室に通うようになった。まだらちゃんは最初こそ怯えていたけど、すぐに懐いた。サラが持っていくリンゴの欠片やパンくずを嬉しそうに吸い取り、触手でサラの指をぎゅっと掴んで離さない。夜が深くなると、サラの膝の上で丸くなって眠ってしまうこともあった。

まだらちゃんは不思議な生き物だった。触手は自由自在に伸び縮みし、温室の高い棚の上に置いてある植木鉢をそっと下ろしてくれたり、サラが落としたハンカチを拾ってくれたり。時には、触手でサラの髪を梳いてくれることもあった。くすぐったくて、サラはいつも笑ってしまう。

「もう、あなたって本当に甘えん坊よね」

そう言いながら、サラはまだらちゃんの体を抱きしめた。修道服の上からでも、そのぬくもりが伝わってくる。まだらちゃんは満足そうに瞳を細め、触手をサラの背中に回してぎゅっと抱き返した。

ある夜、サラは少し疲れていた。昼間に修道院の屋根の修理を手伝い、体が重かった。温室に入ると、まだらちゃんはすぐにそれに気づいたみたいだった。触手でサラの肩をそっと揉み始め、疲れた背中を優しく撫でてくれる。

「……ありがとう。すごく楽になる」

サラは目を閉じて、その感触に身を任せた。触手はまるでサラの体の隅々まで知っているみたいに、ちょうどいい力加減でほぐしてくれる。肩から背中へ、腰へ、そしてゆっくりと……。

ふと我に返ったとき、サラは頬が熱いのを感じた。

「だ、だめよ、まだらちゃん……そこは……」

でも、まだらちゃんは悪気なんてない。ただ、サラを楽にしてあげたい一心なのだとわかる。大きな瞳でじっと見つめられて、サラは結局、抵抗するのをやめた。

「……少しだけ、なら」

その夜は、いつものように祈りを捧げてから、二人で長い時間を過ごした。雨音が温室のガラスを打つ中、触手が優しく絡まり、ぬくもりが重なる。サラは、こんなに心が満たされるのは初めてだと感じていた。

朝になると、サラは修道服を整えて礼拝堂に戻る。誰にも気づかれないように。でも、心の中には確かに、まだらちゃんのぬくもりが残っている。

「今日も、夜に会おうね」

温室の扉を閉めるとき、サラは小さく呟いた。

まだらちゃんは、ガラス越しに触手を振ってくれた。

それから月日は流れても、二人の時間は変わらない。修道院の誰も知らない、温室の奥で、孤児院出身の修道女と触手の魔物は、静かに寄り添い続けている。

サラにとって、まだらちゃんはもう家族だった。

そしてまだらちゃんにとって、サラはこの世界でたった一人の、大切な人だった。