『桜まん開!! 恋せよ乙女!!』




『桜まん開!! 恋せよ乙女!!』
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桜まん開!! 恋せよ乙女!!
神埼さくらは、朝の校門をくぐるときも全力疾走だった。
「さくらちゃーん、おはよー!」
「うん、おはよ! 今日もいい天気だね!」
風を切って走るポニーテール、日に焼けた腕、笑顔の破壊力。
うちの学校で彼女を知らないやつはいない。
運動神経抜群、正義感の塊、いじめを見かけたら即介入。
まるでジャンプの主人公がスカート履いてるみたいな女子だ。
もちろん男子の間じゃ「夜の相棒」扱いもされてるけど、本人はまったく気づいてない。
それがまた可愛いんだよな。
そんなさくらには、もう付き合ってる彼氏がいる。
名前は高橋くん。
身長はさくらよりちょっと低いし、成績は中の下、部活も帰宅部。
顔もまあ普通、いや正直地味だ。
でもさくらは「高橋くんは優しいから」と、さらっと言ってのける。
その一言で、クラスの陰キャ連中はどれだけ救われたかわからない。
「外見とかじゃなくて、中身なんだ」って、実際に証明してくれる女子がいるってだけで、
俺たちは明日も生きていける気がしたんだ。
そんな平和な日常に、突然、嵐がやってきた。
新転校生、財前翔太。
入学式の翌週、教室のドアがバーンと開いて、
「よっす、みんなよろしくなー」
って入ってきた瞬間、女子の半分が悲鳴上げた。
確かにイケメンだ。 モデルみたいに背が高くて、髪は茶色に染めてて、制服の着こなしがやたら上手い。
親が上場企業の副社長で、親戚に現役の国会議員がいるらしい。
要するに、俺たちが一生かかっても稼げない金で生きてる人間。
しかも性格がクソ悪い。
女の子にはニヤニヤ絡みまくり、気に入らないやつには平気で暴言。
教師にも媚びへつらわず、むしろ舐めた態度。
まさに「世の中舐めてる」って言葉がピッタリの野郎だった。
そして案の定、財前はさくらに目をつけた。
昼休み、屋上で弁当食ってたさくらの前に、
「よお、神埼さくらだろ?」
いきなり現れた財前が、ニヤニヤしながら隣に座る。
さくらは一瞬びっくりしたけど、すぐにいつもの笑顔で、
「うん、そうだけど? 何か用?」
「いやー、噂どおり可愛いじゃん。 さっきから気になってたんだよね」
財前はさくらの肩に手を回そうとする。
さくらはサッと身をよじって避けて、
「ごめん、私彼氏いるから。そういうの無理」
キッパリ。
でも財前は笑うだけ。
「へぇ、あのチビと付き合ってんの? マジで? もったいなくね?」
「高橋くんは優しいし、私にはそれが一番大事だから」
「優しいだけじゃ女は満足しねーよ?」
財前はさくらの耳元で囁くように言って、
「俺なら、お前が想像もしてないくらい気持ちいいこと、たくさんしてやれるけどな」
さくらの顔が、初めて曇った。
「……最低」
小声で呟いて、さくらは立ち上がる。
「私、そういう男が一番嫌い。 人の気持ちを踏みにじるようなこと平気で言う人」
財前は肩をすくめて、
「まぁいいけどさ。 そのうち俺のこと、好きになるってわかってるから」
「絶対ない」
さくらは弁当箱を抱えて、屋上を後にした。
残された財前は、ニヤリと笑ったまま、空を見上げていた。
それから、日常が少しずつ歪み始めた。
財前は毎日さくらに絡むようになった。
廊下ですれ違えば「さくらちゃん」と呼びかけ、
教室に入ってくればさくらの席の周りをうろつく。
さくらが嫌がってるのは誰の目にも明らかだったけど、
財前にはなんの効力もなかった。
むしろ「ツンデレじゃん、かわいい」とか言って、周りのチャラい連中と笑ってる。
高橋くんは、もちろん気づいてた。
でも財前に何か言えるわけがない。
俺たちが見てても、財前は高橋くんを見下すような目で見て、
「さくらにはもっとふさわしい男がいるってこと、そろそろ気づけよ」
なんて平気で言う。
高橋くんは俯いて、ただ「ごめん……」と小さく呟くだけだった。
さくらは、最初はいつもの調子で笑って流してた。
「大丈夫、高橋くんのこと信じてるから!」
って言ってくれた。
でも、日が経つにつれて、笑顔が少しずつ硬くなっていくのがわかった。
ある雨の日。
放課後、さくらが一人で教室に残って掃除当番をしてるとき、
財前がまたやってきた。
「さくら、今日も彼氏と帰らないの?」
「……高橋くん、部活の大会近いから補習だって」
「へぇ、じゃあチャンスじゃん」
財前はさくらの手を取って、
「俺んち、今日誰もいないんだよね。 送ってやるよ」
さくらは手を振り払って、
「やめてって言ってるでしょ!」
珍しく声に怒りがこもってた。
財前は一瞬黙った。
それから、ゆっくりと笑った。
「なぁ、神埼さくら」
「なに?」
「お前さ、俺のこと、本当に嫌い?」
さくらは答えなかった。
ただ、ぎゅっと唇を噛んで、財前を見据えた。
その瞳に、ほんの少しだけ、揺れるものがあった気がした。
俺たちは息を呑んで、それを見ていた。
正義の味方だったさくらと、
世の中全部を敵に回しても平気な財前翔太。
この先、どうなるのか、誰にもわからない。
ただ、確かなのは、
あの屋上の風が、もう昔みたいに爽やかじゃなくなったってことだ。
(続く……かな?)

