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▶【新刊】「銭湯のおねえさんと交わる、4日間の夏」ゆずや

「銭湯のおねえさんと交わる、4日間の夏」

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うだるような夏の夜、じっとりとまとわりつく暑さが身体を重くしていた。僕が住む古いアパートの給湯器が突然壊れ、バイト帰りの深夜、汗にまみれた身体を洗い流すため、近所の銭湯に通うことになった。普段は静かな住宅街にあるその銭湯は、年季の入ったタイルと少し色褪せた暖簾がどこか懐かしい雰囲気を漂わせていた。

初めて訪れた夜、番台には見慣れない女性が座っていた。20代半ばくらいだろうか、涼しげな目元と柔らかな笑顔が印象的なお姉さんだった。彼女は少し照れくさそうに話しかけてきた。「お盆休みと有給を使って地元に帰ってきたの。4日間だけ、おばあちゃんが経営するこの銭湯を手伝ってるのよ」。その声は、蒸し暑い夜の空気にそっと溶け込むようだった。

「4日間、だけ…」。その言葉がなぜか胸に引っかかった。彼女の名前は知らない。でも、どこかでまた会いたいと思った。「また来てくださいね」と彼女が笑うと、汗と湿気でしっとりした肌が、夏の夜のぬるい空気に溶けていくようだった。

その銭湯は、普段から客足が少なく、深夜ともなればほぼ貸し切り状態だった。湯船に浸かりながら、静けさの中で水の滴る音だけが響く。2日目の夜、彼女と少しずつ言葉を交わすようになった。彼女は地元を離れ、都会で小さなデザイン事務所に勤めていること。夏のこの時期だけ、懐かしい故郷に戻ってくること。銭湯の古いタイルや、祖母の笑顔が大好きだと話す彼女の目は、どこか遠くを見ているようで、でも温かかった。

「この銭湯、週に一度だけ、深夜1時から朝まで閉めるの。誰も来ないから、静かでいいよ」。彼女のその一言が、僕の心をざわめかせた。3日目の夜、湯船の温もりに身を委ねながら、僕たちは他愛もない話を続けた。湯気が立ち込める中、彼女の笑い声が水面に小さく揺れる。時折、視線が絡み合い、言葉よりも深い何かが通じ合っている気がした。

更衣室で身体が冷えたとき、彼女が「サウナ、使ってみる?」と提案してきた。狭いサウナ室の中で、熱と静寂が僕たちを包み込む。汗と一緒に、普段は口にしない本音がぽろりとこぼれた。彼女は都会での忙しい日々に少し疲れていて、でもこの銭湯の時間が心を癒してくれるのだと言った。僕は、バイトと日々の繰り返しにどこか物足りなさを感じていた自分を、彼女に打ち明けていた。

4日目の夜、銭湯の閉まる時間。誰もいない浴場で、僕たちは湯船の縁に並んで座った。湯気の向こうで、彼女の横顔が柔らかく揺れる。「明日にはもう帰るの」と彼女が呟く。胸が締め付けられるような感覚があった。この4日間、ただの銭湯の客と番台の女性だったはずなのに、僕たちの間には、言葉にできない絆が生まれていた。

身体が温まり、冷え、また温まる。その繰り返しの中で、僕たちは心を通わせ、互いの存在を確かに感じ合った。湯船の水面に映る月明かり、遠くで鳴る夏の虫の声、湿ったタイルの感触──すべてが、僕たちの短い時間を特別なものに変えていた。

彼女が去った後、銭湯はまた静かな日常に戻った。でも、あの4日間の記憶は、夏の夜の温もりとともに、僕の胸に深く刻まれている。いつかまた、彼女とこの銭湯で再会できる日を、僕はそっと願っている。