「こえだしちゃだめ」
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放課後の図書室は、いつもより少しだけ空気が重く感じられた。窓から差し込む夕陽が、古い本棚の背表紙をオレンジ色に染め、埃の粒子がゆらゆらと舞っている。誰もいないはずの空間に、かすかな人の気配が残る静寂。ページをめくる音すら遠くに聞こえるような、そんな場所だった。
彼の提案は、突然だった。「放課後、図書室でしてみない?」その言葉は、背徳的な響きを帯びて彼女の耳に届いた。普段は真面目で、勉強熱心な彼女。大学に入学して間もない頃から付き合い始めた彼は、いつも穏やかで優しい存在だったが、時折見せる冒険心が、彼女の心をくすぐる。戸惑いが胸に広がった。こんな場所で? 誰かに見られたら? でも、好奇心が背中を押すように、彼女は小さく頷いた。頷いた瞬間、頰が熱くなった。
「彼、早い方だし……大丈夫」心の中でそう自分を言い聞かせた。ほんの少しの刺激とスリルを味わうだけ。授業の合間の秘密の時間のように、軽い気持ちで。図書室の奥、誰も来ない参考書コーナーの隅。そこに二人で忍び込み、息を潜めて座り込んだ。棚の影が二人を優しく包み、まるで小さな隠れ家のように感じられた。
彼の視線が彼女を捉える。言葉少なに、手が伸びてくる。彼女のスカートに軽く触れただけで、身体がびくりと反応した。予想外の鋭い刺激が、奥底から湧き上がるように広がる。心臓の鼓動が速くなり、息が浅くなる。「――声出しちゃダメ」彼が耳元で囁いた。そのシンプルな制約が、まるで鎖のように彼女を縛る。声を出せば、すべてが台無しになる。誰かが近くを通るかもしれない。司書さんの足音が聞こえるかもしれない。そんな緊張が、感覚を異様に研ぎ澄ませていく。
最初は、ただの触れ合い。指先が優しく肌をなぞるだけ。それでも、彼女の身体は敏感に震えた。「え……声、我慢できないかも」頭の中でそんな思いがよぎる。唇を噛み、息を殺す。外の世界は静かで、時折遠くからドアの開閉音が響く。あれは誰? 生徒? それとも先生? 不安が心をざわつかせるのに、身体は裏腹に熱を帯びていく。快楽の波が、ゆっくりと、しかし確実に押し寄せてくる。
彼の動きが少しずつ大胆になる。彼女の肩に手を置き、そっと引き寄せる。互いの体温が混じり合い、息が絡まる。言葉は交わさない。ただ、目が合うだけで十分だった。彼女の指が彼の背中に回り、ぎゅっと掴む。抑えきれない反応が、身体の奥で膨らむ。スリルが興奮を倍増させる。図書室の空気は、甘く重く、二人を包み込む。古い本の匂い、紙の感触、すべてがこの瞬間の背景となる。
「バレたらどうしよう」そんな恐怖が、かえって火を点ける。心の奥で不安が渦巻くのに、身体はすでに快楽に呑まれ始めていた。波が一つ、また一つと高まる。彼女は目を閉じ、唇を強く結ぶ。声を出さないよう、必死に耐える。息が熱く、頰が赤らむ。彼の存在が、すべてを埋め尽くす。静かな空間で、二人はただ互いの熱に身を委ねる。触れ合う肌の感触、微かな動きの振動、すべてが鮮やかだ。
もう引き返せない。最初は軽い好奇心だったのに、今は深みに落ちていく。誰かに気づかれるかもしれない――そんな不安さえ、遠くぼやけていく。代わりに、純粋な感覚だけが残る。図書室の片隅で、夕陽が徐々に沈み、影が長く伸びる中、二人は言葉も交わさず、ただ静かに、確かに、快楽の深みに溶けていった。身体が溶け合うような一体感。心が繋がるような温かさ。スリルと緊張が、甘い余韻を生む。
やがて、波が頂点に達する。彼女は必死に声を抑え、身体を震わせる。彼もまた、息を潜めて寄り添う。すべてが静かに収まり、二人だけの世界が残った。図書室の外では、夕暮れの鐘が遠くに鳴る。秘密の時間は、終わった。でも、心には新しい刺激が刻まれていた。次はどこで? そんな思いが、ふとよぎる。
そして――二人はそっと離れ、互いに微笑み合う。図書室の扉を開け、外の世界に戻る。誰も気づいていない。静寂が、再び訪れる。でも、二人の間には、永遠の秘密が残った。大学生活の日常が、少しだけ輝きを増す。好奇心が、絆を深めた瞬間だった。

