PR

【注目】『おめかしせっくす』アクアドロップ(三上ミカ)

『おめかしせっくす』

▶ 無料サンプルはこちら

 

 

 

 

 

 

第一章:クローゼットの奥のひそかな企み

古い洋館が立ち並ぶ街の片隅で、デザイン事務所を営む兄・樹(いつき)と、大学で美術史を専攻する妹・葵(あおい)は、幼い頃に両親を亡くして以来、互いに支え合いながら二人きりで暮らしてきた。血のつながりを超えた強い家族の絆で結ばれた二人だったが、月日が流れるにつれて、葵の胸の中には「家族」という枠組みには収まりきらない、ひとつの切ない想いが芽生え始めていた。
樹は几帳面で誠実な性格であり、妹の健やかな成長を何よりも第一に考えていた。毎日のお弁当を作り、遅くなる日には駅まで迎えに行く。そんな樹の献身的な優しさは、葵にとって最大の救いであると同時に、決して踏み越えられない一線のようにも感じられていた。樹の目に映る自分は、いつまでも手のかかる「幼い妹」のままなのではないか。そのもどかしさが、葵の心を少しずつ締め付けていった。
ある週末、樹のもとに一通の華やかな招待状が届く。それは彼が長年憧れていた有名建築家の個展と、それに伴う夜のパーティの案内状だった。樹は「仕事のインスピレーションを得る良い機会だ」と喜びつつも、フォーマルな場への出席に少し気後れしている様子だった。その姿を見た葵は、秘めていたある決意を固める。
(お兄ちゃんの隣に立つにふさわしい、一人の自立した女性として私を見てほしい)
それからの葵は、大学の講義が終わると毎日のように街へ繰り出した。普段のカジュアルなジーンズやスウェットを脱ぎ捨て、洗練されたブティックを巡り、メイクの講座に通い、優雅な仕草を身につけるための努力を重ねた。バイトで貯めた全財産をはたいて購入したのは、夜空を思わせる深みのあるネイビーのシルクドレスと、繊細なレースのショールだった。
パーティ当日の夕方、樹がリビングでスーツのネクタイを結び直していると、二階の部屋からゆっくりと階段を下りてくる足音が聞こえた。樹が振り向くと、そこにいたのは普段の幼さが嘘のように消え去り、凛とした気品と艶やかさを纏った一人の美しい女性の姿だった。
「どうかな、お兄ちゃん。……今日の私、少しはおめかしできてる?」
少し照れくさそうに、けれど真っ直ぐに自分を見つめる葵の瞳に、樹は息をのんだ。胸の奥で、今まで感じたことのない激しい高鳴りが打つのを覚えながら、樹は結びかけたネクタイから手を放すことができなかった。

第二章:ミラーボールの光と揺れる影

輝くシャンデリアと歓談の声が響くホテルのメインホール。洗練された装いの人々が行き交う会場で、葵の存在感は際立っていた。エレガントなドレスに身を包み、背筋を伸ばして歩く彼女の姿に、会場のそこかしこから感嘆の視線が注がれる。
樹は業界の知人や取引先のパートナーと挨拶を交わしながらも、その視線は常に葵の動向を追いかけていた。普段なら妹の成長を誇らしく思うはずの心が、今夜ばかりはざらついた焦燥感に苛まれていた。葵に声をかけてくるビジネスマンや若い男性芸術家たちに対し、樹は無意識のうちに二人の間に割り込み、どこか冷ややかな態度で葵をガードしてしまう。
「どうしたの、お兄ちゃん?なんだか落ち着かないみたい」
シャンパンのグラスを手に、少し悪戯っぽい笑みを浮かべる葵。彼女は樹が見せる嫉妬のような反応に、密かな喜びを感じていた。今日のために重ねてきた準備、慣れないヒールによる足の痛み、それらすべてが、樹の揺れる瞳を見るだけで報われる気がした。
しかし、パーティが中盤に差し掛かった頃、小さなハプニングが起こる。樹が尊敬する大御所デザイナーとの会話に夢中になっている隙に、葵はテラスへと抜け出した。夜風に当たりながら、緊張で強ばっていた肩を少し緩めた瞬間、ヒールがテラスの石畳の隙間に引っかかり、葵は足首をひねって崩れ落ちてしまった。
「大丈夫ですか!?」
見知らぬ男性が駆け寄ろうとしたその時、風のように現れた樹が葵を横抱きにし、男性から遠ざけた。樹の表情はこれまでに見たことがないほど強張り、真剣そのものだった。
「触らないでください。……彼女は、僕の大切な人です」
樹は静かに、けれど拒絶の意を明確に込めた声を放つと、葵を抱え直して静かな控室へと向かった。ソファーに葵を優しく降ろし、ドレスの裾を少し持ち上げて手際よく足首の状態を確認する樹。その手はかすかに震えていた。
「バカだな、葵……無理してそんな高いヒールを履くからだ」
「無理なんてしてない……。ただ、お兄ちゃんに妹としてじゃなく、一人の女性として見てほしかっただけなのに……」
葵の瞳から大粒の涙がこぼれ落ち、ドレスのシルクに染みを作った。樹はその涙を指先で優しく拭い、深く息を吐き出した。隠し続けていた己の感情の蓋が、完全に壊れ去ったことを認めざるを得なかった。

第三章:ドレスを脱いだそのあとに

パーティ会場を後にした二人は、静まり返った自宅へと戻ってきた。リビングの柔らかい間接照明だけが二人を照らしている。葵は足の痛みのせいだけでなく、自分の想いが樹を困らせてしまったのではないかという不安から、俯いたまま言葉を失っていた。
樹は静かに葵の前に膝をつき、彼女の細い足からそっとパンプスを脱がせた。そして、冷えた足先を自分の温かい両手で包み込むようにしながら、静かに語り始めた。
「今夜の葵は、本当に綺麗だった。会場にいた誰よりも眩しくて、正直……誰の目にも触れさせたくないと思ってしまった」
葵は驚いて顔を上げた。樹の瞳には、これまで見せたことのない情熱と、誠実な愛おしさが満ちていた。
「ずっと自分に言い聞かせてきたんだ。僕は君の保護者であり、兄でいなければいけないと。でも今夜、君が綺麗におめかしをして僕の前に現れた時、そして他の男たちに微笑みかけていた時、自分がどれほど愚かな嘘をついていたか分かった」
樹は葵の手をそっと握り締め、自分の胸の鼓動が伝わる位置へと引き寄せた。
「僕の心の中にいるのは、もう守るべき妹じゃない。……一人の愛しい女性としての君だ。葵、君のそのドレスも、その美しさも、全部僕のために使ってほしいと言ったら、困るだろうか」
葵の胸に、温かな光が満ち溢れていった。幼い頃からの憧れと、長年秘め続けてきた切ない恋心が、ついに報われた瞬間だった。葵は結んでいた髪を解き、樹の胸へと深く飛び込んだ。
「困るわけない……!私、ずっとこの日を待っていたの。お兄ちゃんが私を、私だけを見てくれる日を」
樹は愛おしさを込めて葵をしっかりと抱きしめ、二人の距離を包み込むようにそっと額を重ね合わせた。部屋に飾られた一輪の花が、甘い香りを漂わせている。
「これからは、家族としてじゃなく、僕のパートナーとして……ずっと隣で一緒におめかしをして出かけよう」
「はい……!私の大好きな人」
幼い「妹」という役割のドレスを脱ぎ捨てた葵と、兄という仮面を投げ捨てた樹。二人が紡ぎ出す新しい愛の物語は、静かな夜の温もりの中で、どこまでも優しく、どこまでも深く続いていくのだった。

『おめかしせっくす』

▶ 無料サンプルはこちら

 

 

 

 

 

.